遅くなったのですが、29日に行われたカープフォーラム〜エールエール6階の広場〜のレポートです。
主催された、宝物チームのみなさん、ありがとうございました。
11時から始まり、まずは長谷部稔氏と元球団職員の渡部氏によるトークショーがありました。

昔は移動手段に困り、カープ選手は金がないから3等列車に乗っていたそうです(讀賣は2等列車)。長谷部さんは若造だから、と廊下に新聞紙を敷いて寝ていたとか…。東京までの移動時間が20時間もかかったなんて信じられないのですが。トークショー後、長谷部さんにサインをお願いしたところ「私はもう何年もサインを書いてないし、手が震えるし…」とサインを拒まれましたが、「OBの方にもずっとサインを頂いているので、何でもいいですからお願いできますか?」と粘って、サインをいただきました。すると長谷部さんは背番号「25」のサインを入れて下さいました。「元々は私が25番だったんですよ」と長谷部さん。一つ豆知識になりました。あと、サインを書いていただいた「よみがえる熱球(以前C新聞に掲載されたOB列伝)」スクラップ帳を物珍しそうに覗いて見てきたおじさんが、ノートを見てびっくりしていたのも印象的でした。
そのあと、なぜかいたスライリーとツーショット。抱き付いてしまいました。そのあと「今年も由宇に来てください」と英語でスライリーに言い、加えて「僕は由宇の近くに住んでいる」とも英語で言いました。スライリーは納得したのか、すごくうなずいていました。今年も由宇に来てくれるはず!
13時からは道原さんのトークショーがありました。前出の渡部氏と、初優勝の日、高校の修学旅行で東京観光の予定を急遽、後楽園観戦に強引に変更したという元高校教師の方も出られました。

道原さんと久しぶりにお会いしてお話しすることができました。「今日はなぜここにきたん?」と聞かれたので「道原さんが来られるというので、話を聞きに来たんですよ」と言いました。その他いろいろ話して、以前頂いていたユニフォームにもサインを頂きました。道原さんの話を聞いていて思ったのが、水沼=石原、道原=倉ではないのかなと再認識したことです。倉は堅実派だし、実際、道原さんも石橋を叩いて渡るキャッチャーだったようです。初優勝のシーンはビデオやカープの歴史を振り返る番組でよく見ましたが、グランドにファンがどっと入って行けるいい時代、のんびりした時代だったのですね(今じゃありえないですがw)。
昔のルーツ、今のマーティー。何か似通っています。負け犬根性の払拭から始めているところが、期待できそうです。
14時半からのトークショーは大野豊氏の登場。この時が一番お客さんが多かったです。

やはり話題に出たのは135.0の防御率のこと。あの時リードしていたのは道原さんだったんですね。
トークショー後には大野さんにさっとサインを頂きに行きました。すると、いつも市民球場の5番ゲート前にいるおじちゃん・Iさんがいました。おじちゃんは何と大野さんと顔なじみだったことが分かりました。すごい!
トークショー後のアイディア発表会も見たかったのですが、ちょっと所用で帰らせていただきました。徐々にではありますが、カープを大切にしようとする気持ちがみなさんに出てきているなと思いました。